真人間を目指すためのログ

その日したこと、観たもの、読んだもの等の記録

【2026年5月東北旅】奥松島~陸前高田~久慈~八戸

前回の続き。

訂正があります。前回の車中泊の場所は海岸公園センターハウス(荒浜地区)ではなく、深沼海水浴場駐車場でした。ほんのすぐ近くなのですが、別の駐車場です。

さて朝起き、周辺の場所を歩いてみます。

荒浜地区。東日本大震災の前は約800世帯2200人が住む場所だったといいます。今はいくつかの建物があるほかは、住宅はまったくといってありません。

ちょうど夜に震災遺構 仙台市立荒浜小学校の前を通ってきたようなのですが、まったくわかりませんでした。いつかここも見学に訪れようかと思います。

北に出発。仙台市からいつもの国道45号を走り、松島を通りました。

いつもこの国道45号の脇にある駐車場のあたりが、松島の海が一番きれいに見える場所だと思います。今回の目的は松島のさらに先にある奥松島です。そういえばまだこのあたり行ってないなあと思い、寄ることにしました。本当は奥松島(宮戸島)の隣にある桂島や寒風沢島にも行こうかと思ったのですが、そちらは船に乗っていく必要があるので今回は行きませんでした。

奥松島に到着。なんとなく第146震洋隊基地跡という場所に行ってみたく思い、潜ヶ浦漁港の近くに車を止めます。そこからは歩き。

第146震洋隊基地跡には真っすぐ行けばいいのですが、寄り道して山を登り、潜ヶ浦聖観音堂へ。

嵯峨見台まで山道です。

ここから引き返したのですが、途中で道をショートカットしようとし、完全には戻の道に戻らずに山の中を進みます。しかしここから迷いました。

地図アプリを見ながら進んでいるのですが、確かにGPSは元の道に戻っているはずなのに道がありません。なんと、元の道にはトンネルがありそのトンネル上の山を歩いていたのでした。

先ほどの潜ヶ浦漁港が見える。方向がおかしい。

ここからピンクテープを頼りに行ったものの、途中からピンクテープがなくなり道が消えてしまうというあるあるになってしまいました。もう面倒なので、藪の中を突っ切ることにしました。

数分してどうにかちゃんとした道に復帰できました。距離は短いからいいものの、あんまりやらないほうがいいですね。

第146震洋隊基地跡。こんな穴がいくつもあります。奥にはゴミが多いです。

本当はさらに道を奥に行くと、石彫りの女神像なる石壁に掘られた像があるらしいのですが、このときは知りませんでした。また今度行ってみたいですね。

トンネルを通って戻り、車で移動します。

月浜海水浴場に行ってみた

島の最も西である、鰐ヶ渕というところにも行ってみました。ちょうどカヌー(?)に乗った人たちが通りかかっていました。ちなみに鰐ヶ渕までの道はすれ違いが難しい細いところを行くので、気を付けたほうがいいです。

奥松島縄文村歴史資料館にも寄りました。

奥松島探訪を終わり、無料の高速道路を使ってまたの北上です。

休憩したくなったので、前にも来た道の駅 大谷海岸に寄りました。

確か以前にはなかったような(?)『すずめの戸締り』のコーナーがありました。

テラスから。

高速に戻り、次のところへ。陸前高田市の奇跡の一本松はまだちゃんと見たことがなかったので、行ってみました。

奇跡の一本松はレプリカです。奥の建物は陸前高田ユースホステル。

堤防上から。

道の駅高田松原の隣にある、東日本大震災 津波伝承館に寄ります。

震災時の映像を見ることのできるコーナーは二か所あり、その一つはナレーションあり、もう一つはナレーションなしでした。他の東日本大震災の資料館と同じく、この施設の展示も充実していました。ここも行った方がいいです。

そろそろお昼ご飯にしたかったのですが、あたりの店はどこも混んでいるようでした。仕方なくイオンスーパーセンター 陸前高田店でハンバーガーと焼きそばを買って休憩コーナーで食べました。ハンバーガーはなかなかでしたが、焼きそばはおいしくなかったですね。

高速道路で北へ。いつも寄っていた釜石は今回はスルー。

『すずめの戸締り』で有名な織笠駅。何となく風景に見覚えがあり、過去に二輪で来たことがあったのかもしれません。

ようやく、ここに来れました。宮古市にある後ろ戸です。これが何としても見たかったわけではないのですが、今までなかなか釜石から北に行けませんでした。

このあとも、高速で北です。岩泉町の龍泉洞が18時までやっていたため、道は内陸に入りますがちょうど混んでいない夕方の時間に入れそうだったため寄ることにしました。

龍泉洞は日本三大鍾乳洞の一つです。有名なだけあって行ってよかったです。地底湖がすごい。もう時間も遅くて人がまったくいなかったのもよかった。

もうそろそろ夕方。山道を通り次の場所へ。

津波から村を救ったといわれる普代水門です。

普代浜海水浴場駐車場からの海が綺麗でした。

もう空が暗くなっています。今日中に八戸市まで行かなければなりません。その前にもう一か所の場所を回収をします。

NHKの朝ドラ『あまちゃん』で知られる久慈市の小袖漁港です。『あまちゃん』は総集編で見ました。ここまでの道は野田村の方から山道を越えましたが、ちょっと大変でした。

久慈市街に向かうまでの海沿いの道は綺麗でした。やはりこのあたりも道は狭いのですが。

久慈駅に着いたころにはかなり暗くなっていました。もう19時頃だったと思います。

久慈市情報交流センター YOMUNOSUには能年玲奈さんの映るビデオがありました。

久慈駅。

さらに最後の高速道路。完全に暗くなった中を八戸まで走ります。八戸市に着いたころは午後8時になろうかという頃でした。塩釜市からここまでずっと無料だった高速道路を下ります。

困ったことに、夕飯の前に行くところがありました。なんと家に替えのパンツを忘れてきてしまい、どこかで買う必要がありました(裏返して着用するという手もあったのですが)。仕方ないのでイオンで泣く泣く高いパンツを買いました。

夕飯は麺家 一翔ICHISHO。八戸ブラックがおいしい。そのあとは極楽湯 八戸店でお風呂に入りました。

まだ寝る前に時間があったのでファミレスですが、あまり行ったことのないビッグボーイ の八戸城下店に入りました。しかし疲れていてすぐに眠くなったので、安いガストのほうで十分だったかもしれません。

その日の眠る場所は館鼻岸壁朝市 駐車場です。何台か車中泊の車が止まっていました。

次に続きます。

 

 

 

【2026年5月東北旅】筑波山~那須烏山~仙台

今年2026年5月の文学フリマ東京42が終わったあと、そのまま東北の旅に向かいました。行先として決めていたのは青森の八戸市と五戸町、それに途中に寄りたい場所として、筑波山に登ること、龍門の滝、茨城の常陸大宮、奥松島、そして行けたら恐山と、だいたいそのあたりを考えていました。それらの場所を選んだ理由は都度述べます。移動手段は二輪ではなく自動車で、全部の日程で車中泊をすることになります。

荷台に文学フリマでの荷物を載せたままの旅となりました。イベント17時に終わり、おなかが減っていたので夕飯に松戸市にあるらぁめん美春に向かいます。ここにしたのは特に理由はなく、北に向かう通り道近くにあり駐車場のあるラーメン店という理由だからです。

暗いなか車幅がけっこう細い道を通りながら、次の目的地へ。アルペンアウトドアーズフラッグシップストア 柏店です。ここは国内最大クラスの面積と言われるアウトドアショップで、登山靴を見てみたかったのです。結局買いませんでしたが。

その日のうちにつくば市まで行って車中泊になります。まだ眠るには早い時間のためつくばの市街地についてから恒例のファミレスで時間つぶしですが、サイゼとジョイフルのどちらに入ろうかと迷ったものの、結局ジョイフル(つくば桜店)に入りました。しかしジョイフルも昔より値上げで高くなっていましたので、サイゼで十分かもしれません。

さらに北に進み、車中泊スポットへ。ぐっすりと寝て朝を迎えます。

輝かしい朝日。う~~トイレトイレ

連休中で混みそうなので、早いうちから筑波山に向かいます。

途中に二十三夜塔があり、写真を撮りました。二十三夜待ちの風習があったところですね。人々は筑波山の上にかかる月を見ていたのかもしれません。

市営筑波山第3有料駐車場に駐車。

さてなぜ筑波山に来たのかというと、私は今年中に富士山に登るために少し前から登山の修行をしていまして、近くを通るし筑波山はこの機会に登っておくかと思ったのでした。

中禅寺(大御堂)というところに寄りました。

筑波山神社

御幸ヶ原コースを登り始めます。

こんなところがずっと続きます。

筑波山は初心者向けの山とされていますが、けっこうきつい。新潟の角田山くらいの感覚で登ると大変な目に遭います。

ケーブルカーの山頂からさらに登り、男体山の山頂に着きました。

さらに西側のピークの女体山まで行きました。ここまではよかったですね。

問題は下り。コースは女体山からの白雲橋コースです。下りが始まると私の膝が限界を迎え、ガクガクと震え始めました。この時はまだちゃんとした登山靴ではなく普段靴で登っていたのです。こんな目に遭うなら昨日のショップで登山靴を買っておいたほうが安かったんじゃないかと思いました。筑波山を舐めると本当に大変なことになります。

横歩き法で脚へのダメージを抑え、どうにか下山しました。膝が逝ったときは本当は後ろ向き下山の方が楽なのですが、この時はまだ思いつきませんでした。

有名な宙に浮いた感じの岩。

どうにか駐車場に戻り、北に向けて出発。まだお昼前だったと思いますが、反対側の車線は渋滞していました。やはり早めに来ておいて正解でした。

セブン-イレブン つくば上大島店の駐車場から撮った筑波山。周辺を走って思いましたが下から見ると筑波山はやっぱり迫力があるんですよね。

北に向かいます。道の途中で、雨引山という看板があるのがところどころに見えました。有名な観光地なのでしょうか。もうお昼ご飯にしたいのですが、有名なところなら寄るしかないなとその場所に向かうことにしました。

雨引山 楽法寺。もう脚が疲れてるんだから登りはやめてくれ~と思いながら階段を上りました。

お昼ご飯のためにさらに北へ。最初は栃木県益子町にあるぱんだ食堂というところにしようとしましたが混んでいたためあきらめ、さらに北に向かいます。

このあたりは今までほとんど通ったことがなかったのですが、ドライブしていて面白かったです。昔は北関東の風景なんて平野が続くだけでつまらんだろと思っていたのですが、そんなことは全くなく、里山的なところも多くて面白いです。この時に聞いていた音楽がベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番の第一楽章で、聞きながら走っているとなんだか涙が出てきていました。この曲は旅に向かう期待の感覚を感じるんですよね。

さて道はそれなりに複雑でしたがナビに従い、お昼の場所へと到着しました。

市貝町にある台湾料理 金香源。安い、うまい、量多い、メニュー多いで最高の店でした。市街地ではなく辺鄙な場所にあるロケーションもいいですね。ここはぜひ再訪したい店です。

次に向かったのは那須烏山市にある龍門の滝です。まずは南側の駐車場に止めて歩きました。ここにやってきたのは他でもない、『ざつ旅』というアニメでこの場所に寄っていたからです。

川にかかる飛び石ですが、こんなん落ちずに渡る自信がありません。

北側駐車場に移動し、先ほどの場所を上から眺めます。

龍門ふるさと民芸館にも寄りました。『ざつ旅』のアニメと同じようにカフェがあります。

中にはこんなコーナーがありました。「鈴ヶ森って処刑場のあった場所だよね」と言われて微妙な雰囲気になった経験がありそうな『ざつ旅』の主人公である鈴ヶ森ちかちゃんですが、かわいいですよね。普通っぽいところがカワイイ。どこに行っても喜んでくれそうだし、私とちかちゃんは絶対気が合うと思っていますね。あと温泉シーンを見るとお胸もけっこう大きいですね。

ちかちゃんが衝動的に下りた滝駅にも行ってみました。住所が栃木県那須烏山市滝というのもスゴイ。

島崎酒造 どうくつ酒蔵へ。ここも『ざつ旅』に登場した場所で、ちかちゃんのパネルがありました。

烏山線の終点である烏山駅にも寄りました。

飲み物を買うためにスーパーマーケットのたいらや烏山店へ。そのあとは東に移動します。

茨城県常陸大宮市にある美和工芸ふれあいセンター。このあたりは高部宿として知られていた場所です。どうしてわざわざここに来たのかというと、昔何回かこのあたりを通ってやや古い町並みがあったのを覚えていて、あれはどこだったのだろうと気になったからでした。ですが特に寄るところもなく、国道118号まで出てまた北上します。

有名な袋田の滝はまだ観ていないので行ってみたかったのですが、時間的にもう閉まりそうだったので寄らず。何度も通った国道118号で矢祭町~棚倉町、棚倉からは県道。途中でもはや眠くなって疲れ切ったので、セブン-イレブン 福島中島店の駐車場で仮眠しました。それから国道4号に出て郡山市まで。

国道4号に近いところにあるサイゼリヤ 郡山新さくら通り店に夜の9時くらいに到着しました。夕食休憩とともにネットで今後行く場所を調べます。まだその日の宿泊場所は決めていません。眠気はなかったので、夜の国道を走りその日のうちに仙台にまで行くことにしました。

ドリンクバーを注文しない代わりにたまねぎのズッパを頼みました。

国道4号を延々と走り仙台に向かいます。道の駅 安達(下り)でトイレに寄る。ここを今夜の車中泊の場所にしたくなりますが、まだここで休むわけにはいきません。この時はD4DJの曲をかけながら夜の国道をひた走り、夜の果てのどこまでも行きたいような憧れの発作とともに進みました。

ようやく仙台市近く、名取市の極楽湯 名取店に着き、お風呂に入れました。ここは午前2時までやっています。

そして車中泊の場所へ移動。今夜の宿泊場所は海岸公園センターハウス(荒浜地区)の駐車場です。ここは東日本大震災で被害のあった場所で、今は綺麗に整備されているのですが、ストリートビューの日付は2013年1月の古いものが残っており、駐車場は地面がズタズタに裂けてしまっているのがわかります。

駐車場には何台かの車が止まっています。周囲にはトイレのほかに目立つ建物はほとんど何もありません。就寝します。

まさかポルダーガイストとかないよなあと思っていたら、ありました。運転席側の室内灯を点けていたとき、その照明がほんの数秒だけ消え、またすぐに点きました。今まで勝手に照明が消えるということはなかったのですが。まあそんなこともあるだろうという感じです。

次回に続きます。

 

 

 

【2023年東北旅】気仙沼~釜石~遠野~花巻~村山

前回の続き。仙台から北に向かいます。松島を通過したあとは県道を進みます。途中の高台の町に寄りました。

東名駅と野蒜駅は震災後に造成された野蒜ケ丘にあり、駅も内陸部に移されて新設されたためまだ新しいです。駅すぐ傍が商業地帯ではなく、高台の住宅地のすぐ近くに駅があるのは珍しく、印象的なところでした。

 

映画『すずめの戸締り』にも出てきた道の駅 大谷海岸に寄りました。

気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館に行きました。駐車場に着いて見えたのが壊れた建物の前にパークゴルフ場がある光景で、地元の人たちでにぎやかな雰囲気だったのが印象的でした。

この施設はまず津波の映像を見てから、その奥の宮城県気仙沼向洋高等学校旧校舎を見学するという順路だったと思います。震災時に津波により校舎は大きく壊されましたが、学校の生徒・教職員それに工事関係者は全員が無事だったということです。

北上し、釜石市に向かいました。

イオンタウン釜石入り口のスロープ前。いつもは南側から入っていましたが、今回は北にある商店側からアクセスしてみました。

釜石に来るのはこれでもうたしか4回目になりますが、このイオンが好きで毎回寄っていると思います。震災後に工場の跡地に建てられたこと、商店街のほうからは建物がほとんど見えないようになっていること、それに北側の公園のようになっている場所など、色々と興味深いイオンなのです。

今回のお昼はイオンの中にあるインネパ店のNIMTA ニムタです。しかしここも現在は閉店してしまいました😭😭😭

本当はこの後にさらに北に向かう予定でしたが、あまり時間がなく、また雨が降りそうだったのでその日の宿泊場所である遠野市に向かいました。

カッパ淵に近いところにある遠野ユースホステル。いいところでした。雨が降ってきそうだったのでコンビニに夕飯を買いに行きました。

次の日の朝早くに起き、カッパ淵に行ってみました。霧が濃いです。

さらに『遠野物語』で知られるダンノハナとデンデラ野に向かいます。

ダンノハナに向かうまでの途中。霧で雰囲気がある。

いわくありげな鳥居。

グーグルマップでダンノハナと佐々木喜善の墓地と表示がある場所ですが、墓地があるだけで他には特になにもありません。ダンノハナとは魂の場所なんでしょうか。佐々木喜善は日本のグリムと呼ばれ、『遠野物語』の語り部として知られる民俗学者です。

姥捨伝説のデンデラ野にやってきました。心霊スポットと言われることもあるようですが、特にそのような変な感じはありません。

遠野を出発し、花巻市へ。花巻といえば宮澤賢治です。ここは宮沢賢治イーハトーブ館という施設。おみやげのキーホルダーを買いました。

宮沢賢治記念館へ。彼の使っていたセロ(チェロ)。

宮沢賢治童話館にある錚々たる有名人のサイン。高畑勲と鈴木敏夫は二つも。

やや離れたところにある羅須地人協会。花巻農業高校の近くに移設されています。

イギリス海岸はごく普通の河川敷でした。

花巻を離れて南下し、平泉の中尊寺へ。写真がこれしかなかった。金色堂は透明ケースに覆われておりがっかり世界遺産ではあります。

中尊寺にほど近いところにある、達谷窟毘沙門堂。

時間的にここから家に帰るのは大変なので、山形で最後に一泊します。国道と県道を駆使して山形県村山市に向かいます。

予約した場所にたどり着いたはずなのですが、元学校の建物があるばかりで泊まれそうな場所はありません。中に入ってさまようこと数分。

元校舎は複合施設になっており、なんとその一部が山形ゲストハウスというゲストハウスになっていたのでした。

すごい改造がされている。

ファミコンが自由にプレイできるようになっていた。

宿主のお母さんがいい方でした。夕飯は近くのラーメン屋をおすすめしてもらえました。ちなみにこういったゲストハウスで飲食店のおすすめをされた場合、大抵は居酒屋的なところがおすすめにあがるのですが、もちろん私はそんなところにはいきません! なぜ大人の人は酒を飲むことをありがたがるのか。大人反対! なのでラーメン屋をおすすめしてもらえるのは大変ありがたいです。

夕方になり、夕飯に向かいます。バイクには乗らずに歩いてあたりを散策することにしました。

村山駅方面へ。

孤哲という店。これが今まで食べたラーメンの中で一番うまいんじゃないかというくらいうまかったです。山形のラーメンは素晴らしい。ラーメン王国は新潟ではなく山形だと思っています。

日が落ちて薄暗くなったなか村山駅へ散歩。いい雰囲気ですね。

明かりの灯った学校。

というわけで山形ゲストハウスは大変おすすめです。また寄りたい場所ですね。

最後の日は帰るだけですが、見てみたかった場所があります。田んぼの中に建つタワマンとして有名なスカイタワー41。北方面から向かうと田んぼの中にあることはあまりわからないですね。

【2023年5月東北旅】南会津~いわき~楢葉町~富岡町~大熊町~双葉町~仙台

2023年5月の旅のことを書きます。行先は福島第一原発周辺の地域、および東北です。福島第一原発の周辺は、一体どんな場所だったのか、震災と原発事故で何が失われたのか、それに現在はどのようになっているかを見るためにいつかは行こうと思っていました。そしてやっとGoToトラベルをやっていたこの機会に行くことができました。乗り物はいつもの二輪車(マジェスティ)です。

福島に向かう途中、南会津町の会津田島に寄っていくことにしました。会津田島は何度か寄っていますが、村上春樹の小説『街と、その不確かな壁』の図書館のある町のモデルはここ会津田島といわれていまして、図書館にはまだ一度行ってなかったので見てみようと思いました。

国道252号の田子倉湖沿いのルートを行き、もう5月も後半でしたが寒かったですね。もう何度か通っているこの道は、新潟から高速道路を使わない茨城・栃木方面への最短ルートになっています。ですが途中なんもなくて道は悪いですね。新潟県三条市から福島県只見町に続く八十里越が2027年に開通しますが、そうすればこの方面はかなりアクセスがよくなると思います。

会津田島駅のすぐ近くにある柏屋でお昼にしました。会津はソースかつ丼が有名です。おいしかったという記憶があります。

スマートフォンで撮影

会津鉄道の会津田島駅の中で次に泊まる仙台の宿の予約をしました。なんかいい駅ですよね、ここ。この路線で東京に行けるなんてびっくりです。

スマートフォンで撮影

南会津町立図書館に寄ったあとは、阿賀川沿いの道を走ってみました。村上春樹の小説内で図書館は古民家となっており南会津町立図書館とは違いますが、川沿いの道は小説の描写の面影があった気がします。

スマートフォンで撮影

南会津から国道49号線でいわき市まで行きました。初日の宿泊地です。バイクを駅前の駐輪場に止め、泊ったのはカプセルホテル サウナ&大浴場 リフレ いわき駅前店だったかと思います。その時はあんまり人がいなくてなかなかいいところでした。夕飯は中華で、たしか中国料理 鳳翔というところでおいしかった記憶があります。

ホテルにてオカンの車のカギをポケットに入れてそのまま持ってきてしまったことが判明し、次の日に郵便で自宅に送ることにしました。

二日目、いよいよ福島第一原発方面に向かいます。その日の朝食はいわき駅前のストローキッチン セルというところでパンを食べましたが、ここはもう閉店してしまったようです。

国道6号を北上します。いわき市を離れ、広野町へ。まず寄るのは原発事故の拠点となったJヴィレッジです。

Jヴィレッジは大変いいところでした。サッカーに興味のない人でもおすすめです。

全天候型練習場の中

 

JR常磐線 富岡駅に行ってみました

 

東京電力廃炉資料館で見学しました。休憩室も充実。

 

とみおかアーカイブ・ミュージアムにも行きました。こちらもいい施設です。

富岡郵便局からレターパックライトで車のカギを家に送りました。

夜ノ森の有名な桜並木と近くの公園。公園は除染作業中でした。

夜ノ森駅に向かう途中の建物。

夜ノ森駅前の駐車場。

夜ノ森駅通路。

寺そのものがなくなってしまった妙栄寺。

夜ノ森駅から近くにある、東京電力川田寮。

夜ノ森から国道6号を挟んで北東、福島第一原発に近いほうへ向かった。この先は入ることができない。

大熊町に向かいます。

大川原再生賃貸住宅。

大熊食堂。ここでお昼にしようと思っていたのですが、もうほとんど終わってしまったとのことで別のところにしました。

大熊町商業施設「おおくまーと」に来ました。コンビニや交流施設、食堂、宿泊温浴施設などがあります。周辺の住宅地を含めこのあたりは、(今はもう更新されて変わってしまっていますが)ストリートビューで確認すると震災前には何もなかったところでした。それがこのように町が作られており、大変興味深い場所でした。

軽食・喫茶レインボーで食べたランチ。素朴に見えますが大変おいしかったです。

交流施設の中。こういった一見なんでもない施設が好きです。

廃校となった福島県立双葉翔陽高等学校。

国道6号にある空間放射線量計。1.202μSv/hで低いとはいえない数字だった。大熊町放射線モニタリングシステムを見ると現在でも同地点は1.016μSv/h。この西側はもっと低いが、ここは大型等が通り交通量も多いため巻き散らしているのだろうか?

国道6号沿いの福島第一原発の近くにあり、震災後から閉店した大型商業店舗のPLANT4大熊店前。新潟でも柏崎・刈羽原発の近くにPLANT5 刈羽店があり、近くを通るといつもこの大熊町の店舗を連想する。

国道6号を右折し、いよいよ福島第一原発へ。といってももちろん入れないため、ここで引き返す。

定期的に見学ツアーが行われているよう。機会があれば行きたく思います。

genkifukushima.jp

双葉駅までやってきました。

駅の西側では住宅を作っていた。

双葉厚生病院のとなりにあったヘルスケアーふたば

「原子力明るい未来のエネルギー 」という有名な看板があった双葉商店街近く。看板が撤去されたことは知っていたと思いますが、しかしおかしい、どこにも商店街がない。なんと商店街そのものがほとんど消え去っており、これには本当に驚きました。どこを撮影すればいいのかと、とりあえず適当に撮った。

参考画像。以下より転載。場所は双葉厚生病院入口交差点の西側。

2023年のこの旅のその後、2025年になって双葉駅前にイオン双葉店がにオープンしたようです。

そういえば思い出しましたが、2023年5月は私は初めて文フリに出たときで、その数日後のこの旅ではこれが第二文学フリマであるという気持ちでいました。何を考えてそんなことを思っていたのかはもう忘れてしまったのですが。

東日本大震災・原子力災害伝承館

広い芝生をロボットが整えていた。

ここも大変いい施設でした。(施設の中はどこも紹介していないのですが、行ってみてほしいです)

震災遺構 浪江町立請戸小学校は時間がすぎてしまい入れませんでした。またいつか行こうと思います。

福島県内の見学は終わり、宿泊場所の仙台に向かいます。海沿いの県道を走ったのですが、津波の避難丘が多く見られたのが印象的でした。

映画『君の名は。』で参考にされた日和山に行ってみました。

仙台市街地にあるカプセルホテルのナインアワーズ仙台に泊まります。ここはディストピア風カプセルホテル(?)として有名ですね。夕食は今は閉店してしまった家系ラーメンの家系ラーメン 傳助だったと思います。トイレがなさそうだったので、隣の仙台市市民活動サポートセンターでトイレを(受付で告げて)借りました。

これで二日目は終わり。次は宮城県から岩手県へ。

【2026年2月】河口湖~精進湖~長野

前回の続き。眠ったのは0時以降だったため、伊豆の時より苦痛はかなりましでした。トイレに行き、窓の霜を落として出発します。

文フリ後の旅行で行けなかった、河口湖周辺の施設に行きます。時間調整のガストの前に、産屋ヶ崎というところがあるので行ってみました。
まだ6時半なのに朝から警備員の人がいて駐車場が混んでいました。釣りなのか何なのか、ここから船が出発するようです。
河口湖大橋に上がります。すでに(外国人)観光客が橋の上に何人もいて写真を撮っているようでした。みんな熱心だなあ。実際富士山がとてもよく見えますね。

7時からガスト河口湖店。その後河口浅間神社に寄ったあとは、前回は行けなかった久保田一竹美術館に行きます。ここはよほど人気の美術館なのかと思ったらそういうことでもなく、前はちょうど紅葉の時期で混んでいたようです。

館内のショップから

河口湖周辺にはそのほかいくつかの美術館があるのですが、音楽と森の美術館とか入館料高いし、まあいいかと総スルーして河口湖を離れ、西湖を経由して精進湖へ。

『ホットスポット』のロケ地。デイリーヤマザキです。

劇中ではレイクホテル浅ノ湖である、精進マウントホテル。ちなみに中のフロントはセットらしい。

ホテル前にある上九一色村の石碑。ここ精進湖のあたり合併前は上九一色村だったらしい。
ちなみに上九一色村といえば多くの人が思い出すであろうオウム真理教のサティアンは、本栖湖のさらに南の富士ケ嶺公園が跡地になります。いつか寄るつもりではあります。

他手合浜の方に歩きます。ホットスポットベンチというのも設置されていました。
前回書き忘れていましたがこのドラマには、富士山周辺の場所がインバウンドが集うホットスポットになっているという現実の背景があり、そのなかには宇宙人などもいるだろうという発想が元にあります。ドラマでは宇宙人がここに集うのは温泉のためという設定になっていますね。

あとはもう帰宅までの消化試合です。甲府市街の方に抜け、山梨県立美術館に寄ってみましたがやはり美術はもうよくわかりませんでした。それから寄りたかったのは、北杜市にあるハイジの村です。冬季は入館無料でした。

ミニチュアのようですが展望塔のかなり高いところから撮っています。

バブル遺構として有名な清里にも寄ってみることにしましたが、その前に吐竜の滝というところに行きました。

北杜市営清里無料駐車場というだだっ広い駐車場から歩き、駅南へ。廃墟となった建物があります。

かつては撮影のための行列もできたというミルクポット。

あとは帰るだけです。国道141号を北上し国道142へ。わざわざこの方面に来たのは、どさん娘望月店に行きたかったからです。ここは過去三回くらい行っていますが、おいしいのです。しかし口コミを見たら味が薄かったというレビューがあり、肉みそラーメンを注文したもののたしかにそのとおり薄かったです。昔はそんなことなかったと思うけど変わってしまったんでしょうか。味が濃ければ最高クラスにうまい味噌ラーメンなのに、本当に惜しいですね。

あまり睡眠時間が取れていないので、上田市の道の駅で眠ることにしました。寝た後だったからよかったのですが、珍走の集団がやってきて駐車場に止まりうるさかったですね。爆サイとか見ると上田にはけっこう前からいるらしく大変だなあと思いました。

あとは本当に帰るだけですが、もうファミレスの時間調整も飽きたので高速を使わずそのまま下道で帰りました。飯山~十日町を経由し0時になる前に家に着きました。

今回の旅は途中で疲れてしまうということがあり、一日予定を繰り上げましたが、成功となりました。そのときつらくてもあとから振り返ると楽しかった思い出だったりします。ということで私はまだホストにはなれずゲストで居続けるという結果になりました。次の目標は富士山に登ることですね。

 

【2026年2月】川奈~河津~下田~富士吉田

前回の続き。まだあたりの暗い日の出前の時間、もうそろそろいいだろうと起きて外に出ました。夜はずっと闇のなかで何か光が灯っていましたが、それは近くの海に見える船の明かりだったことがわかりました。トイレに行って準備をし、まだ暗いうちに道の駅を出発しました。
やはり自分の持っているシュラフでは、外気温とほとんど変わらないと思われる寒さまでは耐えられませんでした。なお上半身はダウンジャケットに、下はバイク用の冬用パンツも履いています。下はまだいいのですが、上半身の方が寒い。あと一泊は可能ですが、それ以上は不可能だと思いました。そのため一日予定を繰り上げて早く帰ることにし、伊豆ではまぼろし博覧会などそこらへんのまだ行っていなかった施設に行ってみようと思っていたのですがそれは全部やめ、すべてスルーすることにしました。
とにかく、河津桜までは行かなければなりません。その前に川奈いるか浜だけは寄っておこうと、その方に向かいました。

日の出前の川奈いるか浜

さて本当は寄りたかった場所があります。それは川奈の丘上にあるカフェ赤いやねです。なぜわざわざここにそこに行きたかったかというと、拙作の小説でこの喫茶店を登場させたからです。ですが残念ながら、赤いやねは2025年から長期休業に入っていたことが出発前に判明しました。ですがそれでも写真だけは撮っておこうと寄ることにしました。

休業中とありますから、もしかして再開を検討されているのでしょうか?

すき家 135号伊東吉田店で朝食のあとは、河津町まで国道135号を南下します。途中で坂道からなんか海に半島が見えるなと思ったらそれは稲取のほうでした。今度来た時に寄ってみようと思います。何度も来ている伊豆ですがまだ自分の知らないところがありますね。

さて肝心の河津桜ですが、これが思った以上によかったです。なにせ長い。歩き続けてもずっと桜が咲いています。

1955年に偶然発見された河津桜。原木も見ることができてよかった。

河原にも降りました。

かわづいでゆ橋から撮影。このへんで引き返しました。

河津桜のあとには下田に向かいます。尾ヶ崎ウイング駐車場から撮影。

下田での目的は日新堂菓子店でお土産でマドレーヌを買うためでした。この店のマドレーヌは下田に静養に来ていた三島由紀夫が愛したマドレーヌとして知られ、そのことは店主である横山郁代さんの『三島由紀夫の来た夏』に書かれています。私はこの本を読んで、次に伊豆に来たときは寄ろうと思ったのでした。

車は下田公園駐車場に止めて少し歩きます。途中にペリー艦隊来航記念碑がありました。

下田の町中に日新堂菓子店はあります。写真を撮らせてもらいました。マドレーヌとレモンケーキを購入し、横山さんと少しお話をさせていただきました。

それからもう一つのお土産のためにある店に寄ったものの、日持ちしないとのことで買わずに出ました。少しペリーロードのあたりを散歩。あまり人がいなく、閑散とした感じです。そういえば夏色キセキってアニメあったなあと感傷とともに思い出しました。

今回の伊豆はここまで、あとは天城峠経由で北上します。なお、下田には宝来家という家系ラーメンがあり、家系なら実はここが一番うまいんじゃないかと思うほどで何度か行ったのですが、おそらく2024年に店主の方が亡くなられてしまい、閉店してしまいました。あともう一度だけ食べたかったですね。

道の駅 天城越えに寄り、ここでもう一つのおみやげのためお茶まんじゅうを買いました。それからわさびソフトクリームがあったので食べたのですが、これはバニラソフトクリームにマスタードをかけたような味で、まずいですね笑。

国道414号をさらに北上、伊豆市のほうへ。本当は沼津市も観光予定でしたが、全スルーです。まあまた今度来ましょう。次の目的は韮山反射炉です。渋滞を避けるために大平ICから伊豆縦貫自動車道に乗ったのですが、それまでの一般道の反対方向の道が渋滞していて、皆河津桜のほうに向かうのかなあと思いました。

韮山反射炉は世界遺産でありながら、がっかりスポットっぽいところだとはなんとなく感じていましたが、その通り特に何もありません笑。ですが来たことのなかったところに実績を解除するために立ち寄るだけでも十分です。江川邸とのセットのチケットを買ったため、その方にも寄りました。

ここからは伊豆を離れ、去年行けなかった場所に行くため富士吉田へと向かいます。三島市らへんの住宅を経由し、国道246号で御殿場市方面に向かいます。

ここらへんでお腹が減ったため、中華料理の店に寄りました。地元で評判の店のようでしたが、迷ってこってりラーメンを注文したものの、それは上にただ辛いのが乗っているラーメンでした。残念ながらはずれメニューを引いてしまったようです。あと提供にけっこう時間がかかったので、ちょっと失敗しましたね。

気を取り直して国道138号で富士吉田市へ、途中で有料道路の須走道路に入ります。途中までは無料だし自動車専用道ありがてえ~~~。山中湖ICで降り、富士吉田市でまず向かったのは新屋山神社、その後に北口本宮冨士浅間神社に行きました。

その後はドラマ『ホットスポット』のロケ地として知られる喫茶店もんぶらんの前を通ってみましたが、やはり若い衆が行列を作っていました。休日は入れなさそうですね。それから新倉山浅間公園の方に向かいましたが、そのあたりの駐車場は一日1000円と激高であることが判明。どうしようかと迷いましたが、商店街のほうにある市営宮川橋南駐車場に止めることにしました。ここなら一時間200円です。ちなみに市営本町通り駐車場のほうは一時間100円という情報もありましたが行ったら同じ料金でしたので、新倉山浅間公園に行くなら近い宮川橋南駐車場の方に止めたほうがいいです。

このあたりの商店街も『ホットスポット』のロケ地になっているところです。そして、インバウンドの人たちが多い! 前回来てそれはわかっていましたが、やはり事前にあまり情報を入れてなかったので驚きますね。

駐車場から下吉田駅の方に向かい、そこからは住宅地の道を行きます。そして日本でもっともインバウンドに人気らしい新倉山浅間公園に着きました。いや私もこの場所がどういった場所かよくわからず、なんでただの公園に外国人が殺到しているのかと思いました。どうやら富士山・五重塔・桜という三点セットでそれまで日本ではマイナースポットにすぎなかったここに火が付いたようです。
この五重塔の忠霊塔は、戦没者の慰霊のために作られたものですが、それほど歴史のある建築物ではありません。いわばここは富士山・五重塔・桜が合わさったことによるキッチュとしての場所なのですが、そこが一大観光スポットになったのです。まあ東浩紀が近年書いているようなことですが、ここは観光というものを考える上で大きな示唆になっていると思いますね。

ちなみにもうすぐ桜の時期になるということでこの前のミヤネ屋では外国人殺到みたいにやっていましたが、下吉田駅から新倉山浅間公園までは住宅地のなかを歩く形になるので、人がいきなりたくさんやってきたとしたら大変だよなあというのはありますね。そのなかで庭の敷地内に店を出して商売している家があったりして、それも観察できたので行ってよかったですね。私は単純に公園内は有料化して地元に還元するなりし、国内在住者は無料にするのがいいんじゃないかと思いますね。

途中で撮った富士山

さてそんな新倉山浅間公園ですが、上に行くまでがつらい。なにせ階段がひどい。何度も足を休めながらなんとか着きました。

冬の気候のおかげなのか富士山もはっきりと見えていました。いやはや来てよかった。富士山を見るためなら冬に来るのがいいかもしれません。

もんぶらんは無理でしたが、『ホットスポット』ロケ地であるスーパーのいちやまマート 城山店に寄ってみました。

それからはスーパー銭湯の富士山溶岩の湯 泉水に行き、そのあとはすぐ近くのサイゼリヤ 河口湖インター店で夕食とともに閉店まで時間を潰すことになります。このときの注文は半熟卵のミートスパゲティ、チキンのサラダ、たまねぎのズッパ、ドリンクバー、さらにイタリアンプリンを追加し、計1550円のフルコースとなり、かなりの満足がありました。おかげで食べたあとにすぐ💩に行くことになりました。ちなみにこの店舗は居座り客の対策のためかソファがやや固く、その通り居座り客が多かったです。連休ということもあり午後九時頃になってもなかなか人が帰らずさらに混んで来ましたが、私はその後に車中泊を控えているため店内満席でも帰るわけにはいかず、良心の痛みを感じながら居座りを続けることになりました。(まあ途中で深夜2時までやっているココスに移るという手もあったのですが)

その日の車中泊は道の駅 富士吉田です。こんな冬でも車中泊のために止まっている車は多いです。横になっているとき、あとから後方に車がやってきて、その車はまた常時アイドリングする車だったあげく、ずっとブレーキを踏んだままでブレーキランプを光らせ続けるというとんでもない極悪車でした。私の車の後方はサンシェードでガードをしていなかったのでまぶしく、さすがに抗議したくなりましたがまたしても私は泣く泣く駐車場所を変えることになりました。ただ数メートル移動するだけなのですが、車内は車中泊用に地面にビール瓶の台を置きマットを敷いているなど簡単な改装をしているので車の移動はかなり面倒なのです。

次に続きます。

【2026年2月】八王子~大磯~伊東

不完全燃焼に終わってしまった前回の旅行ですが、2026年になり次の原稿もだいたい終わり、また出かける機運が高まってきました。行く場所に決めたのは、まずは伊豆の河津桜です。二月から三月にかけて咲く河津桜は毎年毎年今年こそは見ておくかと思うんですが、今までタイミングが合いませんでした。ですが今回は天候などもちょうどよく、この機会に出発することにしました。

新潟から高速で伊豆まで行くには関越から圏央道を通るのですが、圏央道をずっと行くのは暇なので途中から八王子に観光に寄ることにしました。なぜ八王子?と思われるかもしれませんが、なんかそのときは八王子らへんののどかなところに行きたい気分だったのです。八王子では東京富士美術館や村内美術館などに寄ることにしました。なお、今回も泊まりは車中泊です。今回は夜中アイドリングもせずちゃんとした設備で行こうと、シュラフはすでに持っていましたがその他エアマットなど車中泊グッズをAmazonで計1万円くらいで揃えました。宿は高いし取れないし、真冬の時期ですがまあ何とかなるだろうという考えでした。

本当は早朝に出発する予定だったのですがまったく目がさえて眠れなかったので、深夜に出発することにしました。今回は三芳PAには行かず、圏央道に入り狭山PAで就寝します。そのとき寝る準備をしてから車のところに帰るとアイドリングをしている車に横づけされていて、やめてくれと思いました。パーキングエリアは常に大型のトラックがアイドリングをしていますし静かではないのですが、隣に常時アイドリング車が来るのは気になって嫌なのです。なので泣く泣く車を数メートル離れた場所に移動し、寝ることになりました。

寝たのは夜の二時以降でしたが、朝の六時すぎくらいに出発しました。まだ時間があるので青梅インターで降りて、またもデニーズ(羽村店)に入ります。車中泊の旅だと時間を潰すためにファミレスは必須だと思うんですが、そうでもないのでしょうか? 他にやることないですからね。皆さんどこに行ってるんでしょう。

まずは東京富士美術館に向かうのですが、その前に滝山城跡というところに行ってみようと思っていました。ここは山になっており、駐車場に止めて歩く必要があります。そのため滝ケ原運動場の駐車場に向かったのですが、駐車場が開放されていなかったため滝山城跡に行くのはあきらめました。もう開館時間になりそうだったので、富士美術館に向かいます。

東京富士美術館は母体が創価学会の美術館で、創価大学の隣にあります。企画展でゴヤの版画の展示をやっており、常設展ではミレーの絵の展示があるのですが、もう私は美術に対する関心がかなり低下していて、さっと歩いて見終わりました。じゃあなんでここに来たんだよという話ですが、絵よりも施設を見物したいのです。なお館内の監視員の人は女性はじっとその場に座っていらっしゃるのですが、男性の人は携帯電話を見ていたりして、こんな人もいるんだなあと思いました。この人たちも創価学会の人たちなのかなあと考えました。(新)宗教関連の美術館・博物館には独特の畏まった空気があります。

美術館から見える創価学会東京牧口記念会館。一般公開はしていないらしい。

次に向かったのはそこから近い村内美術館です。ここは家具屋の店内にある美術館で、店舗内が広く、八王子らへんの富裕層はこんなところで家具を買うのか~~~と自分の知らなかった世界を知れました。美術館にたどり着くまでに迷ってしまい、怪しい人と思われないかなと緊張しました。

この美術館に監視員はいませんでした。一部は撮影可能だったようなので撮影しました。

なんと初音ミクの椅子などがありました。

休憩室にあった小川幸造《水の女》。今は公共空間の裸婦像が問題になっているようですが、(これは裸婦像ではないですが)この像を見て人が裸婦像作りたくなるのわかるわ~と思った。

ここまで思ったよりも早く美術館見物が終わりました。お昼は八王子ラーメンにしようと思っていたのですが、まだ行列もさほどではないと思われたのでここは一番の有名店の吾衛門に行くことにしました。西八王子の有料の駐車場に止めます。

それほど待たずに入れました。玉ねぎ増量。味は昔食べたところの方が美味しかったですが、まあまあ。

さて八王子でもう一か所行きたい場所。それは鑓水にある絹の道資料館です。なんでわざわざここに来たかというと、前にゲームに使うための写真を撮るためにこのあたりに来たことがあって、その時は閉館だったと思いますが入っていなかったからです。

この日はなにかワークショップなのか、入ってすぐのところには女の人がたくさんいらっしゃいました。公民館のように利用されているようです。

資料館前ののどかな風景

八王子観光終わり、次に向かうのは神奈川県大磯町にある旧吉田茂邸です。まだ行ったことがなかったので、時間もあるしこの機会に行くことにしました。厚木から有料道路の小田原厚木道路に乗り、大磯ICで降りて海方面に向かいます。

大変いいところでした。おすすめです。なお家の二階に避難通路があるのですが、その穴は村上春樹の小説のモチーフである井戸を思わせるものがありました。大磯在住でおられる村上春樹さんはこの場所を訪れているでしょう。また最上階の部屋から海が見えて特によく、『騎士団長殺し』の海が見える家はここから発想したんじゃないかなあと思いました。

吉田茂像

西湘バイパスで小田原、それから熱海に向かいます。熱海に着いたのはまだ暗くなってないころで、これから夜までどうやって時間を潰そうかと考えました。ジョナサン 熱海サンビーチ店は眺めがよく何度も行っているのですが、駐車場の無料時間は二時間で、入るかどうか迷ったあげく結局入りませんでした。その前にとりあえず銭湯に行こうと山田湯というところに向かいましたが、右折先に車がいて右折できなかったため、もういいやと思い熱海を離れることになってしまいました。

熱海の隣にある網代までやってきて、ガスト網代店に入りました。ここも海の眺めがいいため、今まで何度も入っています。その前に少し歩いて海を撮影しました。

さてここまで来たのですが、なぜか少し落ち込んでしまい気分が上がりませんでした。私はもう旅というものに飽きてしまっていて、今回で旅は終わろうかと考えました。なにせ私はもう沖縄以外の46都道府県に行っているのです。もう昔のようなわくわくした感情は戻ってこないように思いました。ちょうどその時読んでいた本が東浩紀『平和と愚かさ』で、この本の最終章ではゲスト―ホストについて論じられているのですが、私はもうゲストであることをやめ、これからはホストとして生きるべきなのかと本気で考えました。そのような気分になったのはもしかしたら天気予報では晴れだったのに、その日の天気が曇りだったという原因があったのかもしれません(ちょっとしたことで気分が落ち込んでしまうのです)。

そのせいもあって、何か疲れてしまって予定よりも早くガストから出ました。とにかく時間を潰すためにスーパー銭湯に行こうと、道の駅 伊東マリンタウンに併設された朝日の湯シーサイドスパに向かいました。この道の駅はこの日の車中泊の場所と決めていたところです。

朝日の湯シーサイドスパは閉館が午後9時と早いのに、閉館一時間前になってようやく入館料が100円引きになるというケチ臭い施設です。お風呂のあとはまだ早いですがすることもないので、もう寝ることにしました。そしてこの日の夜がけっこうな試練となりました。とにかく夜が長い。寒い。口コミでは電車の音が聞こえてうるさいと書かれていたのですが、それはさほど気にならず、眠れない暗闇のなかでじっと耐えているのがつらかったです。車中泊における寒さというものは、私たちが普段外に出たときに感じる寒さとは違います。眠る前は暖かかったのですが、水が染みとおってくるみたいにだんだんと寒さが染み混んでくるのです。考え事をしながらとにかく眠ろうと目を閉じ、一応は眠れるがまた目が覚めてしまうみたいな感じでした。

次に続きます。