真人間を目指すためのログ

その日したこと、観たもの、読んだもの等の記録

(2020/07/18)

Go To Travelキャンペーンについて色々言われてるけどこれ孤独貧乏バイク旅の自分に関係のある話なのか? もちろん旅行代理店は使わないし、それでも楽天など経由でこの機会にいいホテルに泊まるとなれば安くなるんでしょうか。それにしてもGo Toはなんか旅行代理店のためのキャンペーンとか言われてるけど今の今までは自粛で今度はいきなり旅行に行けと煽られるのは異常でしょう。いや私もそろそろ出かけたいのだけどどこにも行く気がしないという状況なので(新型コロナとはあまり関係なく先立つものがない)、今年の夏は六か月後くらいに来てほしい気分である。まあ個人的にメリットを享受できる点ではGoToなんかよりまた高速上限1000円をやって欲しいのだが、というかあれが常態になって欲しい。

他にもちょっと書きたいことがあったがここまででもうすでに疲れました。芥川賞をとった羽田圭介はローカル路線バスの旅にも出ていてもちろん知っていましたが読むのは初めてで『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』、これはゾンビ映画に範をとった出版業界の話であるようで読み始めましたがなかなか面白そうですね。

 

 

(2020/07/10)

映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』

一体これはなんの映画なのか? ただ流されるだけの主人公はCocco役の人の最後のところだけ、本当にそこだけ抵抗を示す。安室に悪役としての魅力が備わっていればよかったがそれもないが、安室が人間的な部分を見せたのは裸になったおばさんに噴き出したところだった。

 

映画『ファイト・クラブ

とにかく私は頭がよくないのか映画のストーリーを理解できないことが多々あり、最近ではたとえば『フォードvsフェラーリ』はDVDを借りたが内容が全く理解できず、また他にもハリーポッターは回が進むごとにわからなくなり超難解映画である。この『ファイト・クラブ』も何故冒頭のところで男たちが泣きながら抱き合っているのかさえわからず、その後もストーリーも全く頭に入らなかったのだが本作は有名で引き合いに出されることがあり特に政治的な文脈で言及されることが多い気がするためやはり見ておこうと、借りたのは三度目だった。なので集中してみたところ、主人公は不眠症自助グループに入りボブという男と抱き合ったあとマーラという女性に会いその後知り合った男とお遊びでなぐり合ったあとファイトクラブを作り共同生活をするという流れがちゃんと理解できたため、その後はすんなりだった。最初でつまずかないことが大事だ。あと私は俳優の顔もよく覚えられないのか主人公を見てこれがブラピだよなと思っていた。
こういった組織を作っていく話って面白いんだよな『Charlotte』(またアニメだ)みたいにと思ったら実はサイコスリラーだった(ネタバレ読まなくてよかった)。それほどの伏線もなくこういったギミックを入れたことが結構大胆で伏線と呼ばれるものも実は必須ではなく、映画の映像でやってしまったこと、これが凄い。監督の名前で映画はほとんど観ないが『セブン』『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』に本作とデヴィッド・フィンチャーは有名な監督のなかで一番好きかもしれない。たぶん演出が好きなんだよな。そういえば全部ブラピが主演の映画だ。

(2020/07/03)

またツタヤのプレミアムに入り映画を借りた。アートな日本映画が見たくなり、検索したところ映画芸術の2019年ベストというランキングがありあの『岬の兄妹』は8位でまさかもっと上があるのかまあないだろうと借りてみようということになった。

『火口のふたり』
映画芸術 2019年ベスト1で、キネマ旬報のベストでも1位になったらしい。期待はしていなかったが男女が話して食事してファックするだけの映画で全部は見通さずにギブアップした。最初のファックシーンが動物的に見えてしまったせいか変な笑いが出てしまった。Amazonで国恥映画とか書かれたレビューがあって笑った。yahoo映画に参考になるレビューがあった。

継続は力なり - ユーザーレビュー - 火口のふたり - 作品 - Yahoo!映画

ピンク映画枠なら『夢の人 ユメノヒト』のほうが遥かによいだろう。本当に、何故セックスを撮るだけで文芸になるのだろう? またこれは「純文学」の問題でもあるかもしれない。

 『半世界』
典型的な悪い行いのある邦画ではおそらくないものの、やはり邦画的なテレビドラマのような作品に感じられ最後まで見なかった。

嵐電』 
これはなかなか。悪い作品ではない。特に前半は結構期待した。タイトル通り京都の嵐電あたりの風景が撮られ、やや変わった映画的手法で日常を描くことでその向こうに神秘やファンタジーを見る作品かと思ったが、すでに話の途中から徐々に映画の軸が変わってくる。沖倉駆行為(唐突で強引なキス)があったためグラスリップを思い出したが、しかしこうした作品の常というか幻想が広がっていくと最後はうやむやになってしまいお茶を濁してしまう(『輪るピングドラム』にもそれを感じる)。その点グラスリップは徹底していたなと改めて思った。

 

千と千尋の神隠し
最近はCOVID19の影響で新作映画が上映できないため映画館が名画座化していて、千と千尋の神隠しもやっていた。何度かされたテレビ放映を断片的に見てはいたがしっかりとは見ていなく、また杉田俊介の『宮崎駿論』を読んだこともあってこの度ちゃんと見てみようとDVDを借りた。千と千尋の神隠しのDVDは画面が「赤い」問題があったのだがおそらく再販版を借りたため赤くはなかった。元のDVDの方はやはり赤い映像になっているのだろうか?
やはり一筋縄ではいかない作品だ。この映画を一番初めに見たときは好きになれず駄作だと思ったのだが、何しろ10歳の千尋が豚になった両親を元に戻すために強制労働させられる話で、全編宮崎駿の説教調が現れているように思い千尋が雑巾を絞るカットなんかもそれだけで説教くさくて嫌だったのだ。だが今になって見直してみると色々と別な面が見えてくる。ジブリの「工場長」である宮崎駿はある面で自己を釜爺や湯婆婆の側に仮託しているようで、このような映画を「ガールフレンド」に向けて作る駿は鬼かと思ったが、芸術家としての宮崎駿はそうした説教爺さんを遥かに超えているし(だからこそある意味残酷でへヴィだといえるが)、後半になるとカオナシやハクの契約の問題など労働とは違ったテーマが入ってくる。
この映画はプロイスラーの小説『クラバート』の影響を受けている。クラバートはやはりつらい労働をする話だが、クラバートの舞台での労働は生きるための当たり前のことだったのに対し、現代を舞台にした千と千尋ではどうしても資本主義や性風俗という別の側面を連想せざるを得ない。しかし油屋は仕事をほったらかしにしてもどこ行ってたんだよと言われるだけで、ブラック企業ではなく宮崎駿がずっと描いている良き共同体としての面がある。ラストはクラバートの試験を模範して少し変えているが、千と千尋のそれはただ儀礼的な儀式というだけでほとんど積極的な意味はなくなっている。それにしても千尋の解放を他の従業員も一緒になって喜ぶのはどうしてだろう? リンはこんな仕事はやめていつか街に出て行くと言い、湯婆婆さえもそれこそグローバル金融資本主義のような肥大化した子供の言いなりだ(あの西洋の城が描かれたキッチュな部屋はなんだろう?)。あの世界で生きて行こうとしたらカオナシのように世界の隅にある銭婆の家に居場所を見出すしかない。
最初に見たときハクは川が擬人化された存在のように思ってしまい、千尋が過去に川に助けられたエピソードも何か取ってつけたように思えたが、そうではなく人間としてのハクの方が本性なのではないか。まあハクは神々の一人なのでそのようにふるまうのは不思議ではない。魔女と契約をするハクはそれこそ人間的で、これは自然を資本に売り渡した話だとも思える。
物語のクライマックスは儀式ではなく、千尋が彼岸へと赴く海渡りにある。「雨が降れば海くらいできる」。冒頭に描かれた街には国道21号の看板があり、舞台を考察しているサイトがあったが(千と千尋の神隠しの謎②~国道21号と「とちの木」のある場所~

)、古代においてその場所は海だったという。まるで『天気の子』みたいな話だ。あとに『崖の上のポニョ』で再度現れるが、すでに千と千尋でも神話的な次元において海が幻視されている。

 

ジブリナウシカもののけ姫ゲド戦記)や他作品で見たいものがあるならなかなかいいのではないか。千と千尋は見てしまったが、他もこの機会に行ってみようかな。

 

(2020/06/19)

6/20日中までのセールらしい。

いくつか買った。新書はkindleで読んだことがない。図書館であるものは買わずに借りることにし、steamのセールのようについつい買いすぎないように注意した。

最近はまた読書が楽しくなってありがたい。こんなブログの文章を書くより次々と読んでいきたい。読むだけでいつまでたっても創作ができないという後ろめたさはあるが……

(2020/05/30)

テラスハウスで起きた問題について、森達也ツイッターを見たところメディアとリテラシーについてのいつも通りの論調だったのでそこは少し違った話を聞きたかったという思いがある。視聴者側がもうちょっと賢くなればというけどああいったリアリティーショーというものは巧みにリアルと錯覚できるように作られていて森達也さんの作るドキュメンタリー映画と実は非常に近い位置にあるのではないか。あれはフィクションとリアルの合間に存在するやっかいなコンテンツで通り一遍のリテラシーを強調するだけではどうにも足りないように思える。番組側が炎上をけしかけるような製作をしていたこと、またそれ以前にネットリンチが常態となったSNSはおかしいというのは前提として、ああいった人間模様を見たいという欲望は人間のなかなか大きな部分を占めていてリテラシーではどうにもならないんじゃないか。誰と誰がくっついたとかその場にいない人についての話が大好きなのが我々でありこれは例えばフィクションとしての作品に対しても同じで、アニメの二次創作界隈などというところを見ていて驚いたことだが登場キャラクターに対してヘイトを書き込んでいる人が結構いるのである、それは作者がそう作ってしまったのがいけないのではないかと自分なんかは感じるのだが。それにしても誹謗中傷が話題になっているツイッターは対策としてリプライ、RT、引用RT、いいねができない投稿ができるように細かくオプションを設けたらいいんじゃないか、それでもスクショを撮って叩くような輩はいるだろうがそれだけでだいぶましになるのでは。しかしかつて2ちゃんが便所の落書きと言われたがツイッターがそれ以上にひどくなったのは構造的な……(疲れたのでやめる)

 

『天気の子』の円盤が発売されたのでブルーレイで借りて見た。うーん杉田俊介が言っていること以上に根本的な違和感がある。『君の名は。』では勢いで乗り切れたがそれというのも途中の劇的な展開とそれに夢のような状態でやりとりするという特殊な状況があるからで、同じようなPV風の作りをした今作は丁寧に場面を作ることが回避され、キャラクター同士の感情の交流がスポイルされてしまった(もっと場面を作るべきだった)。最後の最後は会えてよかったねという思いと、しかしそれが演出(歌)によって阻害されてしまうような妙な感覚があった。しかし一つ一つの瞬間的な映像や場面は今思い返しても綺麗だし大変いいものに感じるのだが。

 

(2020/05/22)

なんか我が県の某市のCOVID-19にかかった人が引っ越すことになったとか母親から噂で聞いた。インフルエンザに罹ればお大事にと言われたところ今ではそれがコロナだったら犯罪者扱いで異常極まる世界である。そもそもこんな田舎では相当にリスクは少ないはずだがたとえリスクは少なくてもそれ故にかかった人に対して余所から自分たちの土地にウイルスを持ち込んだ犯人という目が向けられてしまうのだろうか。だがこれは陰湿な田舎だけに関わる話ではない。

 

翻訳を読む前にもコロナ後の世界は少しだけ悪化した世界だというタイトルと要約で出回っていたがそれは結尾に言われているだけでそれ以前の部分が示唆に富んでいた。特に非接触による終末のヴィジョン。

私が勝手に作った用語の"非接触の推奨"と同じようなことを仰っていたが自分はそれに関して"ツイフェミ"のようなものしか思い描くことが出来ず(詳しく説明しないが男性は女性に頼るな等の意見)、さすがに斎藤環先生の圧倒的な教養の深さを感じた。

検察庁法改正ももちろん問題だと思うがスーパーシティ法案は先行きが見えないのが不気味だ。利便性ゆえに皆システムに慣れるようになりあっという間に中国化してしまうのでは。
それにしても映画サマーウォーズであんなOZみたいなものを肯定的に描いたのは罪深い。と思ったらそうでもないのか。というのはあの婆さんが活躍する場面はシステムに対置する古い価値観による縁だとかつながりを称揚しているように見えるから。まあ最後はみんなスマホやなんやらを掲げてガッツポーズするのだが。しかし細田って未来のミライにしても未来的なテクノロジーと古くからの家族というものとで二面性がないか。

まあ相変わらずフラクタルはいいよね。

しかしこんな世相のことよりも自分の好きな楽しいことを書きたいものだ。世の中のことについては悶々するだけで全然筆が進まないし。今ゲームはゼルダの伝説ブレスオブザワイルドをやっている。とても面白くこれはこれで言いたいことが結構ある。

ツイッタ復活してフォロワサンのツイートに対して色々言及したくなったが(といっても全く大したことではなく雑談的なもの)なんとか耐えた。

伊豆半島を一周する場合、時計回りがいいのか反時計回りがいいのだろうか。私はいつも関東方面から向かっていたので熱海から伊東など東伊豆→南伊豆→西伊豆→沼津で時計回りである。反時計回りで走ったことは一回しかない。時計回りルートは伊豆高原などリゾート的なところのある東伊豆からさびれて秘境的な南から西へと進んでいくのが好きなのかもしれない。

(2020/05/03)

文章を書くリハビリのためにもnoteというやつにゲーム紹介記事を書いてたけど少し疲れた。やっぱり短時間きざみ勉強法をして集中力をたもった方がいいな。

ツイッターの鍵の人を覗くためにたまにツイッターのアカウントを復活させてはすぐ消している。たまに自分もツイートしそうになるけどこらえている。Mのさんが消えちゃったのが心配……

またしてもライターズブロックに苦しめられ四苦八苦している。前に面白い小説のアイディアを思いついたことがあったけど結局何も書けなかった。まったく具体的な文章が出てこなくそれだけでは一行も書けないのだ。自分の場合アイディアを思いつくだけでは全く創作に取り掛かることができず、書くためにはヴィジョンと文章が合わさる必要があるらしい。
少し書いていた新作予定のものは捨てて、三人称ではなく一人称にして最初から書いてみたらそれなりに文章が出てきた。とにかく今度はエンタメを書きたいという思いが強くかなりライトノベルっぽくなったと思う。ラノベは一度も書いたことがないが何でもいいから完成するといいな